― 沖縄の暮らしの中で見えてきた、“学び”の本質 ―
こんにちは。沖縄で音楽を仕事にしているフリーランスのサルネです。
私はもともと、学習塾で働いたあと、幼稚園でも子どもたちに教えた経験があります。
そして今は、海の近くの家で音楽の制作や演奏をしながら、韓国語や英語、投資の勉強など、自分自身の「学び直し」を楽しんでいます。
今日は、そんな日々の中で強く感じるようになった、
「教育とは“暮らし方”そのものだ」という考えについて書いてみたいと思います。
“教える”より、“生き方”が伝わる
私はかつて、学習塾で子どもたちに勉強を教えていました。
知識を教えるのは楽しいし、理解してもらえるととても嬉しい。
でも、あるとき気づいたんです。
子どもたちは、**「何を教えたか」よりも「先生がどんな姿勢で生きているか」**を敏感に感じ取っているということに。
「先生、最近すごく楽しそうですね」
「なんでそんなに勉強が好きなんですか?」
そんな言葉を聞くたびに、私は「教える」というより、「生き方を見せている」んだなと感じました。
だからこそ、教育とは“知識の伝達”ではなく、“暮らし方そのもの”だと思うのです。
沖縄で暮らして気づいた「ゆるやかな学び」の力
沖縄に移住してから、私の学びに対する考え方は大きく変わりました。
ここでは、時間の流れがとてもゆるやかです。
カフェで勉強していても、誰かが声をかけてくれたり、海辺で本を読んでいたら知らないおじいさんが話しかけてくれたりします。
そんなやりとりの中で、「学び」と「暮らし」が自然に混ざり合っていることに気づきました。
沖縄では、“学ぶこと”が特別な行為ではなく、日常の延長線上にあるのです。
「人の話をよく聞く」
「分からないことは素直に聞く」
「知らない文化に興味を持つ」
こうしたことすべてが、学びであり、教育なのだと思います。
大人の「学び直し」は、暮らしを整えることから始まる
私自身、30代後半から韓国語の勉強を始めました。
最初は独学。ドラマを見たり、音楽の歌詞を訳したりして。
3年ほど続けるうちに、現地の人と普通に会話ができるようになりました。
この経験で気づいたのは、学ぶための“根気”より、“暮らしのリズム”の方が大切だということ。
疲れているときは無理せず、心が静かなときに学ぶ。
集中できない日は、カフェで音楽を聴くだけにする。
そんな「ゆるやかな継続」の積み重ねが、気づけば大きな成果につながっていました。
つまり、大人の学び直しは、生活の中に“学びやすい環境”を作ることから始まるんです。
「学び」と「自立」はセットで考える
私は音楽家として、そして個人で生きていく者として、
学びとは「自立」のための手段でもあると思っています。
特に今は、フリーランスとして生きる人が増えています。
収入源を自分でつくり、スケジュールを自分で決める。
この自由さの裏には、“自分で考える力”が欠かせません。
たとえば私が投資の勉強を始めたのも、単にお金を増やすためではなく、
「自分で判断できる力」をつけたかったからです。
ニュースを分析し、世界の流れを読み解く――
そうした行為もまた、立派な“教育”だと思うのです。
暮らしの中で学ぶ」ための3つのヒント
ここからは、私自身が実践している「暮らしを教育に変える」ヒントを3つ紹介します。
① 日常の中に「問い」を持つ
たとえば、スーパーで見かけた野菜の産地を見て、「なぜここから運ばれてきたのだろう?」と考える。
散歩中に見かけた看板の言葉を、少し掘り下げて調べてみる。
こうした小さな“問い”の積み重ねが、日常を学びに変えてくれます。
② 学びを「誰かに話す」
学んだことを友人に話したり、SNSでシェアしたりすると、理解が深まります。
「アウトプット」は最高のインプット。
話す相手がいない場合は、日記に書くだけでも効果があります。
③ 価値観の違う人と関わる
沖縄には、移住者も多く、多様な価値観が混ざり合っています。
私は地元の人だけでなく、海外の友人ともオンラインで話すようにしています。
異なる視点に触れることで、「自分の考えの癖」に気づくことができるのです。
教育とは、「何を教えるか」ではなく「どう生きるか」
結局のところ、教育とは“方法”ではなく、“生き方”のこと。
どんなに立派な理論を語っても、
その人の暮らしぶりや、日常の言葉遣い、他人への態度の中に、すべての「教育」が現れます。
沖縄の人たちを見ていると、それを強く感じます。
道で迷っている観光客に、自然と声をかける。
疲れた表情の人に、「無理しなくていいよ」と笑う。
そこに、教育の原点があるように思うのです。
学びのゴールは「自分をより自由にすること」
最後にもう一度、私が信じていることを。
教育とは、“自分をより自由にするためのプロセス”です。
知識やスキルを得ることも大切ですが、
それ以上に大切なのは、「自分の世界を広げること」。
韓国語を学んだことで、私は異国の友人とつながり、
投資を学んだことで、社会の動きを前よりも理解できるようになりました。
英語を学び始めた今も、世界の広さを感じながら日々を過ごしています。
それらすべてが、「暮らしの中の教育」なのだと思います。
おわりに
“学ぶ”という言葉は、漢字で「學ぶ」と書きます。
もともとは、“まねる(真似る)”という意味から生まれたそうです。
つまり、学びとは「誰かの生き方を見て、自分なりに取り入れること」。
そう考えると、教育は教室の中ではなく、
毎日の暮らしの中にこそ、たくさん転がっているのかもしれません。
今日も、海の向こうで夕日が沈みます。
その美しさに心を動かされる瞬間――
それもまた、私にとっての「学び」なのです。
まとめ:今日からできる“小さな教育”の実践
- 学びは「暮らしの中」にあると意識する
- 日々に「問い」を持つ習慣を
- 学んだことを言葉にして人と共有する
- 自分を整えることが、学び直しの第一歩